カテゴリ:スポーツ( 16 )

野球スケッチ3

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by blossoms_0606 | 2010-03-14 21:18 | スポーツ

野球スケッチ4

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by blossoms_0606 | 2010-03-14 21:18 | スポーツ

野球スケッチ2

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by blossoms_0606 | 2010-03-14 21:17 | スポーツ

野球スケッチ1

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阪神キャンプが終わって、プロ野球の開幕のことばかり考えていたら、野球の絵ばかり描いてしまいました。
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by blossoms_0606 | 2010-03-13 21:16 | スポーツ

赤星選手のこと

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阪神タイガースの選手会長でもあった、赤星憲広選手が、突然の現役引退報告をされた。最初にニュースでその文字を見た時は、本当に自分の目が信じられなく、このニュースが誤報であったら良いのにと、何よりも強く思った。だが、その願いは叶うことなく、夜のニュースで、赤星選手の引退会見の様子が流れるのを見て、ああこれは現実のことなんだと、自分を納得させるのにしばらくの時間が必要だった。

私が阪神タイガースの本格的なファンになったのは、2003年と、まだ日が浅い。でも、その2003年に阪神タイガースは実に18年ぶりにリーグ優勝し、その優勝を決めるサヨナラヒットを打ったのが、赤星選手。身長が170cm少ししかない、野球選手としてはかなり小柄な赤星選手は、バッターボックスに入るまえに、当時の星野監督に肩を揉まれながら何か囁かれた。(それは後で「前進守備だから、思い切って振ったら守備の頭を越えて行くぞ!」というような内容だと赤星選手が語っていたけれど)その通りにバットを振った赤星選手の打球は、野手の頭上を越えて行き、そのままそれがサヨナラヒットになり、タイガースは優勝を決めた。ホームに戻ってきた赤星選手は、顔をくしゃくしゃにして、星野監督に息子のようにギュウギュウと抱きしめられていたのが、本当についこの間のことに思えるくらい、鮮明に私の頭の中の映像として残っている。

それ以外でも、負けず嫌いの勝ち気な表情だったり、盗塁するときのリードの大きさだったり、センターを守っているときの守備範囲の広さだったり、同期の藤本選手とじゃれあっている姿だったり、ムードメーカーの金本選手にからかわれている姿だったり、沢山の映像が今でもすぐに思い出せるくらい頭の中を占めていて、とにかく私にとって阪神の赤星選手の存在は大きかった…。一時は、赤星選手が塁に出ればまず一点は固い、と言われていたこともあった。それだけ投手にとっても赤星選手の俊足は脅威だった。その赤星選手のプレー、あの勝ち気なリードがもう見られないことが、本当に本当に寂しくてならない。もう、球場で赤い星が描かれた応援ボードが掲げられるのを見ることもできない。

それでも、引退がどれほどつらいかは、赤星選手が一番分かっていること。涙一つ出さない引退会見を見ていて、私のほうが涙をポロポロこぼしそうになった。とってもとってもつらいことを話しているはずなのに、しっかりと自分の言葉で、報道陣の方をまっすぐに見て話している。よく涙を我慢できるものだと、感心してしまうほど。その中で、怪我の具合が、私たちが思っていたものよりも、ずっとずっと重いものだったことを知る。プロのアスリートとして競技を続けていくのは、選手生命ならず、命の危険性までも考えられるとのこと。

毎年、シーズンオフには沢山の選手が引退や移籍をしていく。年齢的なものだったり、戦力外通告をされたり、その理由はいろいろあると思うけれど、赤星選手の場合は突然過ぎた。本人にとっては突然ではないのかもしれないけれど、少なくとも私たちファンにとっては。それでも、シーズンが終わってすぐではなく、この時期に突然の引退会見ということは、本人も相当悩んだのだろうと思う。「必ず復活します!」とブログなどにも書かれていたけれど、それは偽りの気持ではなかったと思う。それが叶わなかったことが、一人のファンとして本当につらい。

赤星選手は、2001年にJR東日本に在籍していたときオリンピック代表になり、社会人野球から野村監督にスカウトされて阪神に入団。だから、まだ、たったの9年しか阪神でプレーしていない。たったの、たったの9年なのかと、何度も言うけれど寂しさを拭いきれない。9年という年月はプロ野球選手としては、短すぎると思うけれど、9年間、全力で駆け抜けた赤星選手を、神様は少し休ませてくれようとしているのではと、自分を納得させた。

潔く、自分の手で9年の選手生活に幕を降ろした赤星選手に、今は心からおつかれさまと言いたい。そして、これからも何かの形で、野球に関っている赤星選手の姿を見られる日が来るのを、切に、切に願う。
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by blossoms_0606 | 2009-12-09 22:23 | スポーツ

仲良くなれそうな人

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映画、「プール」が見たくて見たくて、サイトなど見て余計にまた思いを募らせていたのだけれど、そのなかで、思いがけなく嬉しいことにで会う。それは、出演者の伽奈さんのブログを覗いていたときのこと。伽奈さんはなんと野球好き。そして、広島カープの熱烈なファン。(少なくともブログからはかなり熱烈だろうことが伺われた!)伽奈さんのブログを読んでいたら、なんだかまるで私の心の中を文章にされているようで、思わず笑ってしまった。(ただし、広島カープは阪神タイガースに置き換えてて…)広島カープの観戦記では、かなり熱く試合の様子を報告しているのも、なんだか私みたいだ。

私も、今更言うまでもなく野球好き、そして阪神タイガース愛に満ちあふれている。このブログも、最初初めた2004年頃は、阪神の話ばっかりだった。テレビで観戦しては、その都度、今日はどんな試合だったかを熱く報告していた。2003年にタイガースが18年ぶりに優勝して、その次シーズンが始ったばかりで興奮していたというのもあるけれど。(その頃の記事は、あまりにマニアックすぎてちょっと恥ずかしいので、現在は非公開…。)

そんな、最初にブログに書いていた、自分の阪神日記のような記事を思い出させてくれた、伽奈さんのブログ。まだプールは見ていないけれど、外見とのギャップに驚かされる。だって、すごく綺麗で凛としたモデルさんなのに、球場でカープのユニフォームにタオルを首から下げて、帽子被ってピースしている写真を載せているなんて!それも何枚も。それに観戦に行っている数もかなり多くて、モデルのお仕事しながら、こんなに野球を観に行っているなんて、きっと本当にカープが好きなんだろうなあと、これまた自分に重ねてしまう。

伽奈さんのインタビュー記事を見ていたら、プールの監督さんが、「いい子いないかなー」とキャストを探していたときに、伽奈さんのブログをみつけて、「なんか面白そう!」と思ってキャスティングを決めたそう。本当に、野球に限らず、他の記事も面白い伽奈さん。プールを見る前からファンになってしまった。伽奈さん、友達の一人だったら、きっととっても仲良くなれそう!なんて、勝手ながら思ってしまう。

ところでタイガース。クライマックスシリーズに出られるかどうか、まさにそのカープ、そしてスワローズと戦っているところ。日々試合結果に一喜一憂。今年はまさかこんな終盤までドキドキするとは思わなかった!そして、なんと28日には神宮にてスワローズ戦を観戦に。今期最終観戦!そしてバックネット裏前から7列目という、なんとも嬉しいシート。頑張って応援してきます。我が家の小さい勝利の女神も連れて行くのです。
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by blossoms_0606 | 2009-09-21 23:03 | スポーツ

限界に挑戦

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仕事に終われた一日。非常に忙しく、なんだかばたばたとして一日を終える。それでも、忙しいときは、いつもより頭の回転が早くなるので、効率よく仕事を片付けられ、夕方には全てが片付いた。

一日デスクに座ってマックとにらめっこしていたので、その反動で、夕方にはトレーニングウエアに着替えて、家を飛び出す。ここのところ忙しかったり雨がふったりして、なかなかジョギングができなかったので、思い切り体を動かしたくなった。いつものように10km走ったところで、ふと、今日はもうちょっと行けるのでは、という気持ちになる。そしてそのまま、いつもの目標を越えてしばらく走る。何故か疲れがあまり感じられず、そのまま折り返してゴールまできたところで、走行距離は14kmくらい。そのあたりでやめておくこともできたのだが、なぜか走りたい気持ちがとめられず、そのまま2周目に突入する。そして17kmを越えたあたりで、もうここまできたら、20kmまで行ってみようという、妙な頑張りの気持ちが働いてしまう。そして、結局20km、走りきった。

さすがに20km走った後は、足がつりそうになった。それでもいつものペースとそれほど変わらず走ることができたのは、気持ちよい陽気のせいと、多摩川のこの景色のおかげなんだろうなあと、河原に座ってアフターストレッチをしながら呼吸を整えた。
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by blossoms_0606 | 2007-04-06 21:05 | スポーツ

多摩川沿いを満喫する

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休日の朝。久しぶりに体を思い切り動かしたくなり、テニス道具をもって自転車で出かける。多摩川の河川敷を、川崎方面にしばらく行ったところに小さなテニスコートがあり、そこに集う人たちは、年齢や性別に関係なく、テニスを楽しんでいる。特にサークルというわけでもなく、お互いの名前すら知らないまま、たとえその日初めて会ったとしても、テニスをすることで、あっという間にうちとける。1年ほど前に見つけてから、ふと時間があいた休日などに訪れている場所。毎回顔ぶれは違うのだが、それでもかならずいる人もいて、半年以上も訪れていなかった私たちに「久しぶり!」と声をかけてくれる。

テニスコートのわきには桜の木があり、春にはそこでお花見も出来るようだ。脇には小さな畑もあり、ハーブなどを育てている人もいた。テニス仲間でありながら、テニスとは全然関係ない話で盛り上がっている人たちもいる。この日は、テニスコートの脇で、将棋をうっている人たちもいた。様々な人が集う楽しい場所。

テニスを楽しんだあとは、丸子橋近くのバッティングセンターで、前日の続きのバッティング。この日は40球。さすがに背中の筋肉が痛くなる。隣のボックスで打ち込んでいる男性のフォームの良さにほれぼれしつつ、プロ野球開幕を前に、いよいよ野球熱が高まって来たようだと思う。

夕方にはラン。体が温まっていたこともあり、また15kmの距離を走ることができた。こうやって、少しずつ距離をのばしていけたら、いつかはフルマラソンも走りきることができるのだろうか。道のりはまだまだ遠そうだけれど。
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by blossoms_0606 | 2007-03-21 23:52 | スポーツ

沈丁花の香りを感じつつ


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ふと気付くと月が変わっていた。3月、寒い日もあるけれど、もう春に手が届きそう。

セツでデッサンを終えて、帰りに一件打ち合わせを済まして帰宅。まだ日差しがあったので、走りにいく。2月最後の日の昨日は走る事ができず、結局2月の累計は140.45km。我ながら良く走った。

いつも走り始めは体が重く、「今日は5kmくらいでやめておこうか」と考える。普通に考えると、折り返し地点くらいで、ペースが落ちてきそうなものだが、私の場合、折り返し地点あたりから体が温まり、ペースが上がる。途中、7kmくらいでちょっとペースダウン。8kmを超えたあたりから、また体が軽くなる感じがあり、そこから少しずつペースを上げてスパートする。10km走り終えたときの爽快感と達成感は、何回走っても良いもので、5kmであきらめなくてよかったと、アフターストレッチをしながら思う。しかし、まだ「ランナーズ」には手をつけません。

先日、母との電話の中で、実家のパソコンが「Windows Vista」が入った新しいものになったことを知る。しかもマウスとキーボードはワイヤレス。プリンタもデジタルカメラからダイレクトプリントできるらしい。今まで、私が社会人になりたての頃に購入した、Windows98が入っている古い古いパソコンを使っていたのに比べると、どれだけハイテクになったのだ、我が家は、とひどく驚いた。とりあえず実家に帰ったときにVistaをさわってみるのが楽しみ。そして母からたまに来るメールは、たわいもないことでも心和むのだ。

夜どこからから沈丁花が香った。やっぱり春は近づいているみたい。
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by blossoms_0606 | 2007-03-01 01:05 | スポーツ

足を前へ

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前日に祖母がわざわざ持たせてくれたお土産は、千葉県銘菓の落花生最中だった。落花生の姿がかわいらしいお菓子。珈琲と一緒に頂く。

今年になって、少し本格的に走り出してみようと思い、1ヶ月がたった。週にだいたい2〜3回くらいのペースで、平均7〜8kmを走ったことになる。もともと、走るのは好きなほうなので、走ることをあまり苦痛とは感じないのだが、それでも、こんなに本格的にランニングをしようと思ったのは人生初めてのこと。

この日は、風が冷たいものの、走り出したらどんどん身体が軽くなってきたので、いつもよりも距離をのばしてみることにする。いつもの折り返し地点よりも、更に一つ先の目標の橋まで走る。いつもラスト50mくらいでスパートをかけるのだが、そのときに腕と脚を思い切りふると、身体がふっと浮かぶような感覚になるのが心地よい。家に帰ってジョギングシミュレーターで距離を測ってみた所、この日の距離は12kmだった。

今でこそ、こんなに走ることが好きでいるのだが、小学生までさかのぼると、ものすごく走るのが嫌いな子供で、学年のマラソン大会では後ろから数えて5本の指には必ず入っていた。どうやってマラソンの授業を休もうか常に考えていた気がする。それが、中学校に入って、テニス部に入ってから急にタイムがあがり、中学、高校と、マラソン大会では前から数えて5本の指に入るくらいになった。ただ運動部に入っただけで、1年であんなに身体能力があがるものかと、こればっかりは、どんなからくりが働いたのか、今もってわからない。

もう15年くらい前のことだけれど、今でも走っていると、初めてゴールテープを切った中学校のマラソン大会のことを思い出す。
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by blossoms_0606 | 2007-02-04 13:25 | スポーツ