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焼菓子の誘惑

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秋が深まってくると、オーブンを使っての焼菓子作りが無性にしたくなる。といっても、レシピ本などを開いて、凝ったケーキやタルトなどを作ることはまれで、大抵作るのは、何度も作ってレシピや材料の分量も暗記してしまったような、自分にとっての定番の焼菓子が多い。

先日は友人の誕生日のプレゼントにと思い、パウンドケーキとクッキー2種を焼いてみた。クッキーは普段あまり焼かないのだが、先日ある本で読んだレシピがとても簡単で魅力的だったので、挑戦してみることに。アイスボックスタイプと呼ばれるクッキーで、型抜きクッキーのように、生地を綿棒で延ばして一つ一つ型を抜くのではなく、直径3センチくらいの棒状にした生地を、冷蔵庫で1時間ほど冷やし固めて、その後1センチほどの輪切りにしたものを焼くというものである。冷蔵庫で冷やすのは、グルテンの生成を押さえて、さくさくとした口当たりにするのが目的らしい。挑戦してみると、拍子抜けするほど簡単で、これはこれからの定番焼菓子レシピに、早速加わりそうである。最後に生地の周りに卵白をぬって、グラニュー糖をまぶして焼いてみたところ、見栄えも良く、仕上がりも上々の出来だった。

焼菓子は、少し日持ちもするので、友人などにプレゼントするのにも向いている。そして、その人に向けての包装紙やリボンなどを考えながら包むのもまた楽しい。焼き菓子の出来が、想像していたよりも良い仕上がりになったのでなので、箱に入れたセットを二つ作り、一つは誕生日を迎えた友人のため、一つは実家の母へ向けて郵送する。

郵送した翌日、早速母から電話がある。わざわざ凝った包装までして郵送したのは初めてだったので、どこかで買って来たものかと思ったと言われる。「こんなこと、良くしているの?」と聞かれ、「ときどきね。」などと答える。

そもそも、私が焼菓子を作るのが好きなのは、この母が小さいときから、頻繁に手作りのお菓子を作ってくれていたからだ。玄関をあけると、バターと卵の甘い匂いがして、手を洗うのももどかしくつまみ食いなどしていた。母の焼いたパウンドが何よりも好きだった。母のもとで20年以上働いていたナショナル製のハンドミキサーは、今は私の台所で、未だ現役でせっせと動いている。
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by blossoms_0606 | 2007-10-29 17:33 | 日常

川岸に見えたオレンジのあかり

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せっかくの土曜日、天気予報は一日中雨の予報。それでも夕方になれば少し雨足が弱まるというので、家事などしながら、窓の外を眺めて過ごす。ところが、一向に雨足が弱まることがなく、窓から見える樹木もどんどん激しく揺られていく。

普段ならこんな日は、一日家でたまった家事や料理などして過ごすのだが、どうしても行きたい展示が二つ、それも両方同じ駅に会場があるということで、さんざん迷った挙げ句、出かけることにする。お腹を冷やさないようにお腹周りは十分に保温して、雨対策にゴアテックスのジャケットと登山靴を履いて行くことにした。

両方の会場がある茅場町に着くと、雨は相変わらずやむ気配を見せない。土曜日で台風接近中の茅場町は、当たり前だが人気が全くない。傘が飛ばされそうになりながらまず一つ目のギャラリーへ。

【gallery sora.】という比較的新しくできたギャラリーでは、クサナギシンペイさんの新作絵画を見る。本の装丁や雑誌などで見るクサナギさんの絵とは違って、大きな布張りのキャンバスに描かれた絵はどれも幻想的だった。「EREWHON」(エレホン)という展覧会のタイトルは、「どこでもない」(NOWHERE)のスペルを逆さにしたアナグラムで、サミュエル・バトラーの同名小説に出てくる架空の王国の名前から拝借したらしい。この本も読んでみたくなった。

【gallery sora.】を早々に後にして、駅のほうまで戻る。茅場町の駅付近には、高速道路や川がいくつか流れていて、私はその景色を見るのが好きだ。橋を渡るとき、川岸にある古いビルの3階の窓から、オレンジのあかりが漏れているのが見えた。途端に安心する。路地を入り、そのビルへ向かう。昭和のはじめ頃に建てられたであろうこの古いビルの3階に、森岡書店がある。

森岡書店を初めて見つけたのは去年の9月のこと。古本好きの友人と、茅場町にたまたま別のギャラリーを見にきていたときに、引きつけられるようにしてふらふらとそのビルに入って行った。そして店名表示も何もない扉にある小さな窓が気になって、遠慮がちに中を覗いていると、中から森岡さんがドアを明けてくれたのを覚えている。

この日は、写真家である長谷川迅太さんの作品展が行われていた。長谷川さんの作品は、写真をベニヤ板に転写するという手法をとったもので、写真の生々しさに一枚うすくフィルターがかけられているように、場所や時間への想像力がかき立てられる。最近撮った、一番新しい作品というのを見せられても、もう何十年も昔に撮られた写真のようだった。

茅場町という場所柄、それほど頻繁に訪れるわけではないのだが、ここに来ると、いつも心温かな出会いがある。そして店主である森岡さんの話に引き込まれ、いつも閉店時間を過ぎているのに気がつかないほど、話に夢中になっている。この日も、長谷川さんや、そのときお店にいたお客さんと一緒に、まるで前から知り合いのように会話を楽しんだ。

家を出たときには、さすがに台風の中でかけたことを後悔したが、帰り道は雨もやみ、やはり思い切って出かけてよかったと思いながら傘を畳んで帰ってきた。森岡書店の入っているあのビルは、やはり昭和の始め頃に建てられており、築80年だということをこの日森岡さんから聞いた。
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by blossoms_0606 | 2007-10-27 00:23 | 日常

家族の風景

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秋晴れの日曜日、7月に男の子を産んだばかりの友人の家へ出産後初めて遊びに行く。私が出産することを決めた助産院は、彼女が紹介してくれた場所。彼女から、出産までの日々をウォーキングしたりいろいろな催しに参加したりと楽しそうに過ごす様子を聞いていたのは、今年の春頃のこと。その後、我が家にもちびちゃんがやってくることになり、その報告がてら彼女にいろいろ相談しているうちに、私もそこで産みたいと考えるようになった。

友人の家までは、東急線の日吉の駅から歩いて20分ほど。慶応大学があり学生で賑わっているのとは反対側の改札をでて、駅からてくてくと歩いて行く。駅から離れるにつれ、昔ながらの平屋があったり、古い神社があったりで、緑の多いのんびりとした風景を楽しみながら歩く。

友人の家は高台にある長屋で、少し長めの石段をてくてくと登って行くと見えてくる。そして家の前にはすぐ、小さな畑がある。そこで友人は小さいながらも菜園をつくっている。夏頃に初めて訪問したときに、高台から見下ろす街並をみて、宮崎駿のアニメーションに出てくるみたいな景色だなあと感じたのを覚えている。

初めて対面したおちびちゃんは、本当に元気いっぱいで、沢山食べて沢山泣いて沢山眠る。
代わる代わるにだっこしたりあやしたりする。目が本当に大きくて、落っこちそう。この子が、お腹の中でぴょこぴょこと暴れていたかと思うと感慨深い。そして自分のお腹にも手をあててみる。産まれてきたら同級生になるんだね、よろしくね、と、半年ちょっと早く産まれた先輩に、親子で挨拶をしてみた。

少し前まではかわいらしいカップルだった二人が、今はもうお父さんとお母さんの顔になっている。新しい家族が出来上がって行くのを見るのは幸せなこと。夕方日の落ちる前に、秋風に吹かれながら皆で散歩した裏山や神社は、まるで小旅行に来ているように日常をふと忘れさせてくれる風景だった。
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by blossoms_0606 | 2007-10-21 23:40 | 母になること

2週間ぶりのこんにちは

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朝から、助産院の提携する産婦人科に、妊娠中期検診を受けに行く。いつもの助産院に行くのとは違う駅で降りると、そこは大きなデパートもあり、洒落た格好の人たちが歩いている。そういえばこの駅は、よくテレビなどで若い夫婦に人気の新興住宅街として紹介されているのを思い出した。周りも、これからマンションが建つ予定の看板などがところどころに見られる。

初めての道は、着くまでの時間が長く感じる。地図には徒歩8分ほどと書いてあるが、なかなか辿り着かないような気がして少し不安になる。通りすがりの人に道を確かめようかと思ったところで、樹木に隠れていた病院の看板がひょこりと顔を出した。

待合室にて30分ほど待たされた。どうやら先生は一人らしく、予約時間に行っても待つ事が常のようだ。私より先に待っている婦人が「あとどのくらい待てば良いですか」と、受付に尋ねる声は少し尖っている。私はその間本を読む。最近好きで読んでいるのは石田千さんのエッセイ。「部屋にて」という一番新しく出たらしいその著書の文体は、エッセイと小説の間のような距離が心地よい。

病院での診察というのはやはりどうしても苦手で、ベッドに横たわると途端に体が固くなる。しかしエコー検査でお腹のちびちゃんの画像を見ると、とたんに表情が緩んだ。この日は両足をばたばたさせていて、先生に「元気だねえ」と笑われ、安心する。最近は日常でも胎動をより強く感じ、元気に動いているのだなあと思わせられることが多い。

病院から駅までの帰り道はやはり行きよりもずっと近く感じらえ、あっという間に駅に辿り着く。駅前のデパートにて九州物産展を催していたのを見て、一回りした後、カステラを買って帰る。少し前に読んだ【Arne】の表紙のカステラが、なんとも美味しそうだったのを思い出したからだ。
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by blossoms_0606 | 2007-10-19 14:34 | 母になること

本は旅する

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先日、年に2回ほど行われる【一箱古本市】という催しへ向かうべく、谷中まで出かけてきた。谷中では、ちょうど【谷中芸工展】という催しも同時に行われていたらしく、根津の駅を降りると、午前中から地図を片手に道を歩く人々の姿が見られた。

【一箱古本市】は、いくつかの会場に分散されて出店者の店が並ぶので、それぞれを順番に見て回る。最初に立ち寄った会場でいきなり欲しかった文庫本を100円でみつける。この先見て回っても100円よりは安いことはないだろうと思い、即購入。その後、また欲しかった文庫本を発見。300円也。少し迷う。その後、友人が出店しているということを聞いていたので、その会場を目指す。

友人の店はお寺の境内にて出店していた。着いてみると友人は店頭におらず、聞くと近くの店を回っているところだという。それでは後回しにしようかと、別の店を見て回る。境内に出店されている店々には、残念ながらめぼしいものは見つからなかった。

また別の会場へと移動。この催しは若い人が多く来るのかと思いきや、意外と中高年の方々が多い。重そうな一眼レフを首からぶら下げた初老の男性なども見られる。谷根千と呼ばれるこの地域は、そういう地域なのだろうと推測する。最近は若者向けの店も増えて来て、活気のある街になっているようだが、お寺や墓地などが点々とし、昔からの住人が多い静かな下町というイメージがある。

途中、若干道に迷う。まっすぐか、右へ曲がるか。ちょうど後ろから来た年配の夫婦、友達らしき3人組も、同じように角にて立ち止まる。「あれ、こっち?」「いや、こっちか?」「前にもこのあたりで迷ったよ」などと交わす会話を聞き、私も地図を見ながら一緒に考える。視線の先から、法被姿の地元の住人らしき男性が自転車をこぎこぎやってきたかと思うと、「古本市はあっちだよ!」とさわやかに指差し告げてすーいと去って行く。皆でなるほどと頷き合い、そちらへ歩き出す。知らない者同士のはずなのに、知り合いのような空気がうまれた。

一通り会場を回った後、友人の店までまた戻る。今度は友人を見つけた。大きくなったお腹をさすってもらいながら、久しぶりの会話を交わす。その後、友人の店にて3冊ほど購入。その中の一冊は、別の共通の友人が出品したものだと聞いて、縁を感じる。彼女が大事に読んだであろう本が、今度は私の元へやってくる。

この日、何冊の本が新しい持ち主のもとへと旅していったのだろうか。その中には、何度目かの旅を経験している本もあるかもしれない。段ボール一箱分のスペースで出店できるこの古本市に、我が家にしばらく眠っている本達も、いつか旅に出させて見ようかと思った。これから古本市がいろいろなところで開かれる。またふらりと出かけてみようかと思う。
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by blossoms_0606 | 2007-10-16 20:38 | 日常

縦書きを試みる

試みに、こんなことをしてみた。果たして読み易いのだろうか、読み辛いのだろうか。
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by blossoms_0606 | 2007-10-15 17:43 | 日常

安産めざして

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助産院の掲示板にて「安産のためのお灸教室」というチラシを発見し、日程など手帳に書き込む。そして当日、お灸教室が行われる、助産院の近くの「ケアハウス」というコミュニティスペースまで出かけてきた。

朝9時半の田園都市線青葉台駅は、少し遅めの出勤であろうサラリーマンにOLや、学生などがちらほら。いつもは青葉台の駅から助産院まではバスを使うのだが、この日はロータリーからバスに乗る人の流れからそれて、ケアハウスまでの道を歩いてみることにする。購入したばかりのウエストポーチを、お腹に負担にならないよう肩からかけて、てくてくと足を進める。

途中から、前方に同じコースを歩いている女性を見つける。結局ゴールまで同じ道を歩き、その女性も同じ目的の妊婦さんであったことに気付いた。目的地までは20分弱で到着。その後、お灸の先生の話など聴きながら、それぞれの悩みなど伝え、いくつかのつぼにお灸を施す。初めてお灸というものをしてみたが、裏に両面テープが貼ってあり、こんなに簡単にできるものかと感心する。その後、個別に相談などし、2時間ほどで教室は終わる。確かにお灸をする前と後では、足の軽さが違うような気がする。

予定日が同じくらいの妊婦さんなどと会話をしつつ、また駅までの道を歩く。道すがらキンモクセイの香り。10月に入ってから、至る所でキンモクセイが存在を主張している。

帰宅して歩いた距離を調べてみると、片道約2.2km、往復で4.5kmほど。10kmコースをジョギングをしていたことを思うと、たったそれだけかと少し拍子抜けする。妊娠してから、走れなくなったことがなによりつらい。ジョギング後に得られる達成感と壮快感はしばらくの間おあずけだが、ウォーキングに替えて日々の運動を楽しもうと思う。そういえばまだ、万歩計というものを持っていないのだった。
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by blossoms_0606 | 2007-10-10 19:22 | 母になること

太陽のちから

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富士山の麓で迎えた、朝霧JAM二日目の朝。朝5時半頃目覚める。着替えや洗顔を済ませた後、富士山が真正面に見えるテントサイトまで歩き、富士山の影から太陽が姿を表すのを待つ。さすがに高原の朝はひんやりとしていて、ダウンを着込んでも寒さを感じるほど。

太陽を待つこと30分ほど。次第に富士山の稜線が輝き始め、富士山のシルエットがくっきりとしてきた。そしてだんだんと周りも明るくなり、ようやく富士山の右肩のあたりから、太陽が姿を表した。それまで寒い寒いと言っていたのに、太陽が姿を表した途端に、周りはじんわりと暖かくなる。太陽のちからってすごいねえと、体いっぱいで光を浴びる。横ではみなづき珈琲マスターにより、モーニング珈琲が振る舞われ、至福のとき。

のんびりとテントにもどり、朝食の準備。ベーコンエッグをつくったり、持って来たパンを焼いて食べたり、暖かいスープを飲んだり。普段の朝食よりも充実している。そして青空の下、大勢で食べるご飯は本当に美味しいのだと実感する。

二日目もステージを見ているのとテントサイトでくつろいでいるのと半分くらいだった。もともと今年は妊婦ということだし、あまり無理をせずのんびりするつもりで参加を決めた。タープの下にいても十分に音は聴こえてきたし、お腹に手をあてながら二人で音楽を楽しんでいる気持ちだった。

朝霧JAMは子連れが多い。全体的にのんびりとした野外フェスで、ステージの前まで行って音楽を聴かなくても、キャンプを楽しめるワークショップがあったり、子供を遊ばせるスペースやドッグランがあったりもする。タープの下で椅子に座っていると、まだ1歳に満たない赤ちゃんを、スリングでだっこしながら歩いているお母さんお父さんが目の前を通りすぎた。来年の今頃は8ヶ月か…などと思いながら、赤ちゃんを抱きながら前を歩く親子に自分を重ねてみた。
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by blossoms_0606 | 2007-10-07 14:11 | 日常

富士山の麓にて

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去年友人に誘われて参加した朝霧JAMに、今年も参加してきた。去年はバスツアーの参加だったので、荷物は最小限にとどめたが、今年は車で行けることになり喜んだのが8月の終わり頃。それから1ヶ月ほどかけて少しずつ準備していったキャンプ道具を、当日の朝いそいそと車に詰め込んで、早朝に出発。

会場に着いたのは9時前で、早速キャンプサイトにテントやタープをはる。この作業は大変だが、自分達の基地を作っているようでなかなか楽しい。妊婦だということで、周りの3分の1くらいしか動けないことを心苦しく思いながらも、小さい頃にダンボールなどで秘密基地を作ったことなど思い出しながら、出来ることを手伝う。

テントとタープを張ったあと、炭をおこす練習などしていたら、すっかりテントでくつろいでしまった。私は他の野外フェスに参加したことはないが、朝霧の醍醐味は、音楽を聴きながらキャンプを楽しめることにあるという。その優先順位が逆になることもしばしばで、終日キャンプサイトにてバーベキューを楽しみつつ、風に乗って聞こえてくる音楽に耳を澄ませる参加者も多い。

空は去年ほどの快晴ではなく、富士山は少し雲に隠れてしまったが、夕方にはライトアップされたステージと夕焼け空が美しかった。去年は、高原の夜は予想以上に冷えるという教訓を得た。今年は寒さ対策も十分にしてきたので、寒い寒いと凍えることもなく、持ってきたほとんどの防寒道具を使い、ぬくぬくと椅子に座ってステージを見る。

1日目のアーティスト、どれも楽しかったが、一番最後のTHE CORNELIUS GROUPが予想以上に良かった。ぴったりと合った音楽と映像を十分に楽しんだ後、人ごみを避けて一足先にテントに帰る。テントにて温かいスープなど作り、ろうそくやガソリンランタンのオレンジ色の光の中で、一日の感想を友人らと語らう。
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by blossoms_0606 | 2007-10-06 19:35

秋のたより

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この時期になると、実家の母より栗が送られてくる。畑を借りている農家の方からの好意で、毎年栗拾いをさせて頂いているらしい。母からの電話で「栗送ろうか」と言われると、もうそんな季節なのかと、毎年のように思う。

栗が届くと、早速渋皮煮の準備を始める。まずは固い鬼皮を全部向かないといけない。その際、渋皮に傷がつくと、その後の煮ていく作業で栗が崩れてしまうので、できるだけ傷をつけないようにする。これが渋皮煮を作る上で一番骨が折れる作業。何十個もの栗の固い皮を剥かなくてはいけないので、手には豆ができたり、ひどいときは栗ではなく指の皮が剥けたりする。なるべく豆にならないよう、右手の人差し指、包丁の背が当たる部分に布切れを巻いてみる。

入稿を控えた案件の作業をしつつ、先方の電話待ちの間にまた栗を剥いたりする。こういうとき、自宅で仕事ができる環境で良かったと思う。一心不乱に栗を剥いていると、急に電話がかかって来る。栗を向いたままの手で受話器をつかむので、白い受話器は栗の渋で茶色くなりあわてて拭き取る。

栗の灰汁を煮こぼすことを4〜5回繰り返すと、ようやく灰汁がでなくなり、栗もほっこりと柔らかく煮えてくる。ざらざらした渋皮を、親指の腹で丁寧にこすると、栗の表面はつるつるになり、だんだんと和菓子の様相に近づいてくるのが目にも楽しい。仕上げにシロップで煮込み、そのまま一晩置いて味を馴染ませると渋皮煮の完成。つけ込んだシロップはワインレッドに染まり、なんとも美しくうっとりする。作っている最中で崩れ、惜しくも渋皮煮になることの出来なかった栗たちは、潰してペーストにし、砂糖を加えて栗のジャムに仕立てる。自家製の栗ジャムは、栗の味がきちんとする。

お裾分けにするため、空き瓶を煮沸消毒しながら、栗を詰める作業をしていると、電話がなる。仕事先からかと思っていそいそと出ると、電話の相手は母で、また栗を拾ってきたので、明日にでも送るとのことだった。「皮を剥くのが大変なのよねえ」と言う母に、この冬を過ごせるくらいの渋皮煮ができるのじゃないかと応えながら去年の手帳を見ると、ちょうど同じ日に渋皮煮を作っていた。去年よりも見栄えが良くできたと自画自賛しながら、電話を切って一つ栗をつまみ食いする。
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by blossoms_0606 | 2007-10-02 21:47 | 日常