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5ヶ月になりました

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1月29日に産まれたnonoは、6月の終わりにはもう5ヶ月になった。3ヶ月を過ぎてからはなんだか毎日ばたばたとあっという間に過ぎていった気がする。最初の3ヶ月に比べると、首もしっかり据わったし、授乳間隔も空くようになってきたし、夜中の授乳はなくなったしで、ずいぶんと楽になってきた。nono自身も、寝返りができて体もずいぶん自由に動かせるようになったのが楽しいらしく、きゃっきゃと声を出して良く笑ったり、大きな声を出して訴えたり、力の限り泣いてみたり、意思表示がしっかりとしてきた。本当に、子供の成長はあっという間。一日一日をしっかり見て行かないと、スピードに付いて行けないのではと思う。

最近は周りの友達の出産が続き、その報告を聞くたび嬉しくなる。そしてこれから秋にかけても友人の出産予定がいくつか。なんだか自分のことのように待ち遠しい。5月に産まれたちっちゃな赤ちゃんは、この間1ヶ月ぶりに会ってみるときちんと1ヶ月分大きく成長していた。それでもまだnonoに比べると本当に小さくて、nonoが急にお姉さんに見えて驚く。そしてnonoより半年先に産まれた男の子は、あと一ヶ月もしないで一歳を迎える。もうすぐよちよちと歩くようになるのだろうか。自分の子の成長と同じくらい、友人達の赤ちゃんの成長は楽しみ。

最近のnono。
・寝返りは右向きのみ。左はまだできないみたい。そして元には戻れない…。
・大声を出してアピール。
・声をだして笑う。
・自分の足をつかむようになった。
・絵本を開いてあげると興味を示してページに手を伸ばす。お気に入りははらぺこあおむし。
・お座りよりもうつ伏せの体勢のほうが好き。
・湯船につかると湯面を手でぱちゃぱちゃと楽しそうに叩く。
・ベッドで90度回転は相変わらず…。
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by blossoms_0606 | 2008-06-30 23:36 | nono..5month

ケモノと魔法

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Bumkamuraオーチャードホールにて行われた、原田郁子さんのライブ「ケモノと魔法がとびかうツアー 管と弦とバンド!」に出かけてきた。nonoが産まれてから、きちんとしたライブに行くのは初めて。もうすぐ5ヶ月になるnonoを抱っこ紐でお腹に抱えて連れていくことに、多少不安はあったけれど、郁子ちゃんの新しいアルバムを聴いていたら、どうしてもnonoと一緒に聴きたくなってしまい、決心して連れていくことにした。

noonがお腹にいるときに、一番良く聴いていたのが、郁子ちゃんのアルバム「ピアノ」かもしれない。いしいしんじさんが2曲ほど、歌詞を提供していることもあって、またその曲がとても良くて、何度も何度も聴いていた。そして、妊娠中に一番良くライブに出かけて聴いたのはclammbon。去年は5回ほど、郁子ちゃんの素敵な声を聴きに、まだそのときはお腹にいたnonoと一緒に出かけた。

そんなこともあって、nonoもきっと郁子ちゃんの声には慣れているはず…などと、少々勝手な親の思い込みでオーチャードホールまで足を運んだ。

ライブは本当に素敵で、郁子ちゃんのピアノに、管楽器と弦楽器、打楽器が、本当にまるで森にいるケモノたちのように、自由に音をならしているよう。途中、郁子ちゃんの「ケモノですから」というMCに笑う。演奏している後ろで、スクリーンに映された映像が音に合わせて幻想的にゆっくりゆっくりと動いたりする様はとても素敵。夜の森の中始ったすてきな演奏は、最後には夜明けになり、郁子ちゃんの優しいピアノとともに終わった。胸にじんわりと染み込んでいく余韻。何ともいえない幸福感に浸った。

nonoは…終始おとなしかったかというと、そうではなく、最初の頃はとってもおとなしく機嫌よく聴いていたり、ストンと眠りに落ちたりもしたものの、中盤をすぎたあたりから少々ご機嫌ななめ。さすがに周りに申し訳なくロビーに出ると、スタッフの方がわざわざモニターの前に椅子を用意してくれたりもした。同じようにスリングに赤ちゃんを抱いたお母さんと会い、会話を交わす。ロビーにも郁子ちゃんの声が優しく響いていて、それを聴いているnonoはご機嫌。会場が暗くて少し怖がらせてしまったのかもしれない。それでも、途中で機嫌が良くなったので会場内に戻り、最後のアンコールまでなんとか聴く事ができた。

やはりまだ少しライブは早かったかな…と思いつつ会場を後にしようとしたとき、隣に座っていた女性二人が「タオル落としませんでしたか?」と声をかけてくれる。そのタオルは、nonoのお気に入りのものだった。暗闇の中で落としたことにすっかり気付かなかった。帰る人混みの中、わざわざ私を探してくれたことを知って本当に嬉しく思う。隣でnonoが泣いてしまったりして、迷惑をかけたかと思っていたのに、笑顔で挨拶をしてくれ、心が温かくなった。「赤ちゃんの泣き声も音楽の一部ですね。天然の楽器ですね。」と言ってくれる方もいて、その言葉にじーんとしてしまう。

今回は少し無理をしてしまったかなと少し反省もしたのだが、もう少しnonoが大きくなったら、また一緒に郁子ちゃんのライブを聴きに行きたい。その頃は、nonoも一緒に歌えるようになるのかな。
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by blossoms_0606 | 2008-06-25 22:10 | 日常

捏ねる、待つ、膨らむ、焼く。

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子供が産まれてからなかなかゆっくりパンを焼く時間がとれず、しばらくパンを焼くことから遠ざかっていたのだけれど、友達とパンの話をしていたら、無性にあの粉を捏ねる感覚を味わいたくなり、久しぶりにパンを焼いてみることにした。

久しぶりだったので、手順をさっと復習して、あとは感覚を思い出す。粉、その他の材料を測って、粉と人肌の温度にした水を混ぜ合わせ始めると、だんだんと感覚が戻ってきた。最初は生地がべたつくが、しばらく捏ねるとそのべたつきもなくなり、徐々に弾力が出始める。更に捏ねると、生地がしっとりまとまってきて、つやを帯びてくる。親指の腹の部分でぎゅっと押したときに、パン生地がぐっと戻ってくるくらい弾力がついたあたりが、私の中では捏ね上がりの目安。

これからの季節は、パンを焼くにはちょうど良い。湿度があって気温も高くなるので室温で発酵ができる。この日はまだ室温発酵にはちょっと温度が足りなかったので、オーブンで発酵。とはいえ、発酵機能が付いているわけではないので、オーブンを予熱し、ちょうど良い発酵温度と湿度を見極めるのは、手を入れた感覚に頼るしかない。

約1時間発酵して、生地が二倍くらいの大きさになったら発酵終了。生地を等分して、丸め込む。切り口を下に向かって丸め込むようにして、なるべく生地の張りをこわさないようにする。

その後二次発酵。焼くためにオーブンを予熱する時間を逆算して、少し早めにオーブンから出す。湿気が逃げないように湿らせた布をかぶせて発酵終了までもう少し待つ。すると、綺麗に膨らんだパン生地が出来た。予熱を待つ間、最終作業。まず生地のてっぺんにナイフでクープをいれる。クープをいれたときに、発酵が上手く行ったかどうかがわかる。ナイフを入れた時、生地にすっと切れ目が入って綺麗な切り口になれば、発酵は上手くいっている。発酵に失敗すると重たい生地になってしまって、切り口がべたついて上手く開かない。この日は久しぶりだったが上手に最終発酵までできた。クープを入れることで、水分も適度に抜けて軽いパンになるのだ。

開いたクープに5mm角くらいのバターをのせる。この小さなバターだけで、ぐっと風味が良くなる。切り口を乾燥させない役割もあるらしい。あとは180度のオーブンで10分焼いて待つだけ。

久しぶりのパンはいつも通りの焼き上がりになり安心する。焼きたてをさっそくほおばると香ばしい小麦の香り。この焼きたてが食べられるのが嬉しくて、時間を見つけてはパンを焼いていた1年前くらいまでのことを思い出した。せっかくの良い季節、時間を見つけて粉を捏ねてみようと思う。
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by blossoms_0606 | 2008-06-16 23:34 | 日常

山のぼりおり

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石田千さんの近著、「山のぼりおり」を読んでいる。

石田さんの登った十の山の山行記録。テンポの良い文章とそれに添えられたモノクロ写真を楽しみながら、少しずつ読み進めている。

少し前から登山を始め、今までに片手を少し越えるくらいの山を登った。私より少し早く始めた父母と、会話の中に、登山の話しが出てくることも増えた。去年の春には初めて父母と一緒に山に登った。4月半ば過ぎというのに雪が残っていて、ぴんとした空気の中、白い息を吐きながら登りきった。毎度のことながら、山頂で食べるお昼はとても美味しい。

それから一ヶ月少しして、神奈川県秦野市にある「塔ノ岳」という山を登った。往復で14kmほどの山道。頂上の標高は1500mくらい。中級とはいえどもかなりアップダウンのきついコースで、休憩をいれて往復9時間くらいかかった。帰宅してから、確かにきついコースだったけれど、それにしてもいつもよりも息がきれた、体力が落ちているのかもしれない、などと話していたのだが、その2日後にnonoをお腹に宿していることを知った。まだ目に見えないくらいの小さな命と一緒に、標高1500mの山を登ったことになるのだと、そのときはとても驚いた。

あれから一年くらい経ち、最近父母が塔ノ岳を登って来た。父母達も久しぶりの登山で、あのアップダウンにはさすがに足が疲れたらしく、帰路の途中に我が家により、めずらしく「もうあの山はいいや」と漏らしていた。

それから一週間して母と電話していたところ、「やっぱりまたあれくらいの山にも登りたい。山はいいね。」という。確か私も、塔ノ岳を登った時、同じようなことを思った気がする。母の話を聞いていると、私もまた登山に行きたくて仕方なくなってきた。あの塔ノ岳を最後に登山には行けていないが、もう少しnonoが大きくなったら、ベビーキャリーの付いたリュックに載せて一緒に山登りをしてみたい。「山のぼりおり」を読んでいると、その思いは益々強くなってきた。今度の休みには、ベビーキャリーのついたリュックを下見に行こうかと思う。
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by blossoms_0606 | 2008-06-15 02:18 | 日常

夜の隙間

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最近、決まった時間になるとすとんと寝付いて、朝まで眠るようになった娘を見ていると、体内時計というのはいつ頃から作られるのだろうと思う。2、3時間はずれていると思われる自分の体内時計を正常な時間に戻したい。朝が気持ちよくなってくるこれからの季節、早寝早起きの習慣を身につけたいと毎年のように思うが、なかなか実現しない。

ぐっすり眠る娘のおかげで、夜、少し自分の時間が持てるようになった。久しぶりに絵具を出して絵を描いてみたり、本を読んでみたりする。

好きな随筆家の文章は、一気には読まない。一つの章が終わると、そこで一端、頁を閉じる。一つの章をじっくりと味わいたいのと、読み終えてしまうのがもったいないため。そんなわけで、残りの頁が少なくなると、心細くなり落ち着かない。もうすぐ終わってしまうことがどうにも寂しく、このまま読み進めたいような、そうでないような。

時間の使い方があまり上手くなく、一日が終わる頃、ああすれば良かったこうすれば良かったとくよくよと後悔する。昼間だらんと過ごしてしまったくせに、夜になって急に背中の螺子が巻かれたりもする。急に台所の汚れが気になり、磨き粉で磨き始めるのは決まって日付が変わる頃。太陽の高い頃にすれば良いのにという家人からの視線を受けながらも手が止まらない。綺麗になって満足する頃には、すっかり目もさえている。

布団に入って、また随筆の続きを読んだりする。寝る前の読書は安眠のためには良くないとどこぞで読んだにも関わらず、この習慣もなかなか止められない。これでは体内時計も戻りようがない。目も悪くするだろうと言われているのに、視力だけは人に自慢できるくらい良いのをまた驚かれたりする。

そんなことをつらつらと考えながら、時計を見ると日付が変わろうとする。33回目になる誕生日の日が終わろうとしていた。
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by blossoms_0606 | 2008-06-06 18:20 | 日常

寝返りできたよ!

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3ヶ月半くらいからnonoは良く体をねじっていて、寝返りももうすぐかな〜と思っていた。そこからしばらくnonoの寝返り練習が続いて、そしてこの日、待望の寝返りが出来た!

最初は、今までと同じように背中から腰をひねってうーん、うーんと唸っていた。お尻がぱたんとひっくり返るまではいくのだけど、それから先、顔をうつぶせにして手を引き抜く事がなかなか難しく、良いところまでいっては勢いづいてぱたん、と元の仰向けに戻ってしまう。その仰向けに戻ったときの「あれ?なんで上向いてるの?」という表情がまたかわいらしく、思わず笑ってしまう。

そんなぱたん、を何回かくり返していたので、私はちょっとお皿でも洗おうか…とほんのちょっと目をはなした。しばらくすると視界に入るnonoの姿勢が、なんとうつぶせになっている。あれ?うつぶせにはしてないよな…と思って、もしかして寝返り?と驚く。瞬間を見ていなかったことが悔やまれ、思わず近寄ってもう一度仰向けにする。すると、nonoは「ほらちゃんと見てて!」と言わんばかりに、腰をぐっとひねって、上手にぱたんと寝返りをしてくれたのだ。

赤ちゃんは本当に毎日ちょっとずつ成長しているのだなあと、ひとしきり感動する。前日までは、お尻をひっくり返す事しかできなかったのに、一日経って、ちゃんと次のステップに進むとは。寝返りでこんなに感動させられるなんて、本当に赤ちゃんとの日々には笑顔をもらうことがたくさん。

寝返りしすぎて疲れたのか、早々と眠ってしまったnonoの寝顔を見つめながら、手帳に「寝返り記念日」と記す。
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by blossoms_0606 | 2008-06-03 23:22 | nono..4month

カステイラと淡雪寒

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ある本に載っていたカステラに恋いこがれ、6月に入ったとたん久しぶりに青空が覗いた日曜の午前中、久しぶりにお菓子作りをする。

その本には「カステイラ」と書かれてあり、著者の方が「義母に教わった」もので、新聞紙で型を作って焼くという。正方形の新聞紙の型に収まった美味しそうなカステイラの写真を見るたびに、ふんわりした卵味のカステイラの食感を思い出し、いつか作ろう作ろうと思っていて、それがこの日になる。

まずは型作り。新聞紙を重ねて切るところから始まる。本には50センチ四方と書かれてあり、実際に50センチ四方の正方形を測ると、思っていたよりもずっと大きなことに驚く。本の点線、実線どおりに、切り込みをいれたり折り曲げたりし、最後にはホチキスでパチンと留める。工作をしているようで、お菓子を作るためだということを一瞬忘れそうになる。出来上がってみると、50センチ四方だった正方形が、16センチ四方の四角い型になった。今度は思っていたよりも小さなことに驚く。新聞紙のインクの匂いは、甘いカステイラの匂いにはまだ辿り着かない。出来た型にオーブンシートをひいて、ようやく材料の用意を始める。

カステイラにバターは必要ないと分かって、また驚く。驚いてばかり。材料を見ると強力粉、卵、砂糖、みりん、サラダ油、はちみつなど、身近なものばかりで安心する。お菓子にしても料理にしても、この一回だけのために用意しなければならない材料があると、それだけでその献立は止めておこうと思ったりもする。材料は身近なものに越したことはない。

卵白と卵黄をそれぞれ良く泡立てる。卵白に砂糖を加えて泡立てたもの、少しすくってなめてみたとき、小さい頃に母が作ってくれたお菓子の味を思い出した。「淡雪寒」というもので、卵白に砂糖を加えて良く泡立てたものに寒天を溶かして固めたもの。母が「あわゆきかん」というのをずっと「あわゆきさん」だと思って、「あわゆきさん、あわゆきさん」と言っていた。「淡雪寒」という素敵な漢字が当てはまるのを知ったのは大人になってから。母が良くお菓子を作ってくれたハンドミキサーは今でも現役。もう30年くらい働いているのに壊れたことがない。

淡雪寒のことを思いながら、カステイラを作る。予熱の終わったオーブンに新聞紙で出来た型に生地を流し込んだものをいれ40分くらい焼くと、ようやく甘いふんわりした卵の匂いがして来た。オーブンから出して粗熱をとる。しばらくして端っこを少し切って食べると、ああ食べたかったカステイラの味だと嬉しくなる。昼から友人と公園で待ち合わせしていた。半分切って弁当と一緒に鞄にいれる。

本のレシピの最後「粗熱をとって冷蔵庫で冷やす」との文字の後に、それまでの文字よりも一段薄い控えめな色で(焼いた翌日が、さらにおいしい)と書いてある。あとの半分に更なる期待を寄せて冷蔵庫にしまった。
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by blossoms_0606 | 2008-06-01 00:05 | 日常